
金沢城公園の見どころ|8スポットを徹底紹介
加賀百万石・金沢城公園の歴史と魅力
城下町のシンボル「金沢城公園」。
加賀百万石のシンボルである金沢城は、天正11年(1583年)に前田利家により本格的な建城が行われ、明治2年(1869年)まで加賀藩前田家14代の居城として置かれました。度重なる火災により、石川門と三十間長屋以外の建物は全て消失してしまいましたが、平成8年(1996年)より金沢城公園として一般公開を開始。平成13年(2001年)には、古絵図や古文書などをもとに菱櫓(ひしやぐら)、五十間長屋(ごじっけんながや)、橋爪門続櫓(はしづめもんつづきやぐら)を出来る限り忠実に復元。安政の頃の景観を現代に蘇らせました。
| 入園料 | 無料(年中無休) |
|---|---|
| 開園時間 | 3月1日~10月15日 7:00~18:00 10月16日~2月末日 8:00~17:00 |
| 駐車場 | 公園専用なし。近隣の有料駐車場(兼六駐車場ほか)を利用 |
| アクセス | 詳しくは金沢城公園へのアクセスをご確認ください |
| 有料施設 | 菱櫓など4施設の共通入館券 大人320円/小人100円(9:00~16:30) |
令和6年(2024年)能登半島地震で石垣の一部に被害が発生し、現在復旧作業が進められています。最新の復旧状況は石川県公式「石垣の復旧」ページをご確認ください。
木造建築技術や石垣に注目!
明治以降に建てられた木造城郭建築物としては全国最大規模である金沢城。復元にあたっては、石川県内の熟練した宮大工たちが日本古来の工法で建設しました。釘を一切使っていない伝統的な木造軸組工法は一見の価値あり。職人たちの卓越した技術を垣間見ることができます。石垣についても、「石垣の博物館」とまでいわれるほど多様なつくりをみることができます。
三の丸を守る実質上の大手門である河北門は平成19年11月に着工し、約2年半の歳月をかけて完成。約130年ぶりに甦りました。加賀藩三代藩主・前田利常の作庭から廃藩まで金沢城内に存在していた庭園「玉泉院丸庭園」も、平成27年に再現。「鶴の丸休憩館」を平成29年にオープンさせました。江戸時代のまま現存する石川門(いしかわもん)や三十間長屋(さんじっけんながや)などは国の重要文化財に指定されています。
「金沢城公園」にはなぜ天守閣がないのか?
金沢城にはかつて天守閣が存在していましたが、慶長7年(1602年)10月30日の落雷で焼失し、以後再建されないまま現在に至ります。
天守を建造したのは前田利家。天正14年(1586年)から翌年にかけて造営したとされますが、図面が残っていないため正確な位置や形状は判明していません。焼失の翌年、2代藩主・利長のもとで天守の代わりに建てられたのが「三階櫓(さんがいやぐら)」です。外観3重で最上階に高欄を巡らし、1階の腰壁には海鼠壁(なまこかべ)が配された建物でした。この三階櫓もまた、寛永8年(1631年)の火災で一度焼失。ほどなく再建されたものの、宝暦9年(1759年)の「宝暦の大火」で再び失われ、以後二度と再建されることはありませんでした。
百万石という全国随一の大藩でありながら、なぜ天守も三階櫓も再建されなかったのか。石川県金沢城・兼六園管理事務所の公式資料によれば、外様大名として江戸幕府への配慮があったためと考えられています。
金沢城公園の8つのおすすめスポット
1石川門
(いしかわもん)
兼六園に向かい合って建つ石川門はかつては搦手門(からめてもん)と呼ばれる裏門。白く見える屋根瓦には鉛を使用。
2菱櫓
(ひしやぐら)
その名の通り、建物の平面が菱形(内角が80度と100度)になっていて、死角を少なくし視野を大きくする効果が。
3五十間長屋
(ごじっけんながや)
菱櫓と橋爪門続櫓を結ぶ多門櫓(たもんやぐら)。武器等を保管する倉庫として使用されていた。
4橋爪門続櫓
(はしづめもんつづきやぐら)
天守閣を持たない金沢城では、二の丸が政治の中枢を担っていました。 その二の丸の正門が橋爪門。
5玉泉院丸庭園
(ぎょくせんいんまるていえん)
金沢城内の玉泉院丸に存在していた庭園。明治に入って廃絶されていたが、平成になって整備して再開園となる。
6丑寅櫓跡
(うしとらやぐらあと)
本丸から北東(丑寅)の方角にあるので「丑寅櫓」と名付けられました。兼六園や街並が眺望できる展望台となっています。
7辰巳櫓跡
(たつみやぐらあと)
辰巳は天守閣から見て南東の方角。いもり堀や兼六園などの風景が眺望できる展望台となっています。
8鶴の丸休憩館
(つるのまるきゅうけいかん)
全面を総ガラス張りにし、五十間長屋、橋爪門が望める休憩場所が完成。金沢城の資料やカフェも。











