【Slow Luck -vegetable bal-】「農家にビジネスマンはいらない」――野菜に懸けたバルの経営戦略
2024年3月14日(木) | テーマ/エトセトラ
〈 農援ラボとは… 〉
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兼六園と並ぶ石川県金沢市のシンボル・尾山神社。日中多くの観光客で賑わうこの社に面した路地裏に、夜を迎えるとポツンと明かりを灯す一軒のバルがある。そのこぢんまりとした空間で客が舌鼓をうつのは、野菜をふんだんに用いた創作料理と食事によく合うワインだ。
今春のコースでご提供するお魚料理、『ハチメと生ハムのベニエ』は、新玉ねぎ・新じゃが・グリンピースを使った新緑ソースにキャラメリゼしたグリンピースを散らしています。シェフは和食一筋で、僕は洋食ベース。和洋のアイデアと技法が融合した、幅と奥行のある一皿が楽しんでもらえると思いますよ」
そう快活に話すのは、「Slow Luck」オーナーの村井徹さん。自身も以前は厨房に立っていたが、料理はほぼ独学だというから驚きだ。そもそも村井さんが飲食業界を志したきっかけは、店舗経営への興味から。これまで複数のレストランで経験を積んだが、料理以上に経営を学ぶことに多くの時間を費やしたという。
念願だった自分の城を同地にオープンしたのは2013年のこと。祖父母が経営していたスナックを改装し、双子の弟とともに店を切り盛りした。地元客を相手に繁盛はしていたが、その理由は「人」にあったと村井さんは冷静に振り返る。
「平たくいえば双子がキャッチーだった。だから弟がさらなるステップアップのために店を離れたとき、『人』から『店』へ強みを変える必要がありました。そこで生まれたのが『野菜バル』というコンセプトというわけです」
マーケティングの結果、北陸三県には同様のスタイルの飲食店はなく、村井さんはそこに勝機を見出した。土地の食材で構成された料理は、味としてもストーリーとしても馴染みがよい。「地元農家から直接仕入れた無農薬野菜」は、野菜バルを名乗るうえで必要な惹句であった。
「だから僕の場合は野菜が好きで始めた、というわけではないんですよね」と村井さん。しかしビジネス的な視点で向き合うからこそ、新コンセプトの核となる野菜に求める基準はいっそう高いものになった。
現在取引がある地元農家は、市内の「蓮だより」と津幡町の「奥野農園」のふたつ。どちらも村井さんが心から美味しいと感じる野菜を探し求める中で出会った、縁ある生産者だ。その決め手を問うと、「人柄のよさ」とすぐさま答えが返ってきた。
「しゃべったら分かるじゃないですか。ああこの人、めっちゃ野菜が好きねんやって。それで食べたら本当に美味しい。野菜は生き物なので、愛情が根底にないと厳しいと思います。個人的には、農家さんはビジネスマンである必要は全くないですね。プロモーションは僕たちがやるべき仕事で、生産者にはつくることに専念してほしいからです」
もちろん品質のいい野菜をつくる生産者は、その経営姿勢を問わず然るべき対価を得られなければならない。村井さんの懸念も「いいものをつくる農家さんほど、人が良すぎて大手などに安く卸してしまう」ことにあった。付き合いのある生産者にはもっと卸値を上げるよう伝えるほどだが、一方で客足への影響を考えれば、原価の上昇分をメニュー価格に転嫁することにも限界がある。
そこに立ちはだかるのは「相場感」という目に見えぬ高い壁。生産者と飲食店、そして客とがともに利を得るにはどうすればよいか。それにはいかに客層を狭めるか、つまり食材や料理に対する店側のこだわりに共感し、目的をもって来訪してくれるような成熟した顧客を増やせるかがポイントになると村井さんは考える。
「熱心なお客さんの中には、金沢のおすすめ店を巡り巡ってたどり着いたという人や、蓮だよりのれんこんを味わえるからと食材を目当てに足を運んでくれた人もいます。そうした方々の期待に応えられるように、僕たちも心技を尽くす。その結果として店そのものの価値が上がり、高単価でも受け入れてもらえるようになると思うのです」
高単価でも納得感のある価値の醸成。それは誇大な広告ではなく、顧客との信頼関係をもってのみ成し遂げられる。野菜に託された生産者の愛情に満ちたストーリーを、できたての料理とともに客席に届けることからそのすべては始まるのだ。
Slow Luck -vegetable bal-
住所/石川県金沢市尾山町13-23
電話番号/076-254-1511
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