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金澤料理人百選

金沢市在住のエッセイスト正岡順と月刊金澤編集長が綴る金沢の料理人の横顔をその料理と共に描くエッセイ。

食うに困らない仕事を、と料理の道を選び、以来40数年板場に立ち続ける。「半分の人に満足していただければ、満足」と、控えめに語るが自身の料理に真剣に向き合ってこその弁である。

著者:正岡順(2002年10月筆) 写真:岡村喜知郎

浅野川大橋のほんのたもと、主計町のとば口に、さりげなく店を構えて3年余になる。以前は十三間町にあり、そこで17年、地道に、しっかりと商いを続けてきたおかげで、日本料理『いけの』の評判は、食通の間でもつとに大きくなった。
凝ったことはしない。
いやいや、凝ったことをしたようには、見せない。さりげなく、ごくあたりまえのたたずまいに、料理の気持のすべてをこめる、そこが、池野明寛のすごさ、だ。
京都、大阪で下修業をし、その後、『つる幸』で2年、『銭屋』で8年、揉みに揉まれて、32歳のときに、埼玉出身のしっかり者の内儀を得て、ようやっと独立をした。

酒は飲まない。遊びもさほどにはしない。他の料理屋に食べに行くこともしない。
見た目のやわらかな物腰とはうらはらに、ともかく、一徹なのである。
自分の料理。そこに道がある、そう決めている。
たとえば、まんじゅう。
秋は栗、冬は百合根を裏ごしにしてエビを具にする。これを銀あんとわさびでいただく。
ふうわりとして、あたたかく、胃とお腹がたちまちにしあわせになる、極上の一品である。
料理は、おまかせ。
客の顔を見ながら、あれをつくり、これをこしらえる。そのタイミングの良さ、その盛り付けの美しさに、いよいよ箸が進む。
松の一枚板のカウンターに向かって座り、池野明寛の、やや、せかせかとした動きを目で楽しみながら、よく冷やした酒を飲んでいるときの、ちょっとした間が実に愉快だ。やがて、体の奥で、酒と料理が渾然一体となり、芯の芯からぬくたまってくる、その心地良さがたまらない。

金沢は日本料理とおもわれている。
たしかに、名店は多い。
しかし、それだけに、ひとつの店を評判を落とさずに続けていくことは難しい。
なにしろ、針千本持っとるげ、の町である。旧い町はどこもそうだろうが、ちょっとした失敗でも、たちまちに、うしろから針千本で突っついて、その名を落とそうとする手合いがごまんといる。
そうしたなかで、内儀とたったふたり、20年も暖簾を守ってこられたのには、やはり、生来の一徹がものをいっている。
「うちなんか、せいぜいこんなものでしょう。たいしたことはなんも出来ないんですよ」。
そう言うが、せいぜいも、こんなものも、池野明寛が言うと、字句どおりには受け取れない。
ちらりちらりと笑うその表情の底に、ひとつこの客をぎゃふんと言わせてやれという、料理人らしからぬ稚気がのぞいて見えて、そこがまた、『いけの』を訪ねる客の愉しみのひとつなのである。

筆者プロフィール

正岡順

エッセイスト。金沢市在住。料理、温泉、ホテルなどについて一家言あり。

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