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金澤料理人百選

金沢市在住のエッセイスト正岡順と月刊金澤編集長が綴る金沢の料理人の横顔をその料理と共に描くエッセイ。

レストラン シェ・ヌゥ

18歳の頃、フランスの田舎町のレストランを巡る。その時の感動こそが、『シェ・ヌゥ』の原点だ。氏の料理に対する真摯な姿勢と豊かな感性に惚れ込み、修業にやってくる料理人は今も絶えない。

レストラン シェ・ヌゥ
著者:正岡順(2004年2月筆) 写真:岡村喜知郎

 食べることには、さほどこだわるほうではないが、それでも不味いものを食べさせられると、3日間は不機嫌になる。
 いや、不味いものはまだ我慢ができる。
 ゆるせないのは、恐ろしく不味い食べ物を、「どうだ、うまいだろ!」とばかりに昂然と胸を張って出す料理人がいることだ。
 料理に限ったことではないが、モノを作るという仕事は感性が大きく左右する。素材やレシピについて雄弁に語る料理人の作る料理が得てして美味くないのは、雄弁のぶんだけ感性が欠けているのであろう。
 レストラン『シェ・ヌゥ』の大橋正純は決して寡黙ではない。山や自動車やサッカーの話になると彼の口調は俄然熱を帯びる。しかし、不思議なことに、肝心の料理に関してはほとんど語ろうとしない。
 客を出迎える、注文を聞き、料理をこしらえ、自ら運ぶ。この一連の流れの中に彼の料理に対するおもいのたけがすべてこめられており、それ以上に語る必要がないのである。
 
 シェ・ヌゥ。
 我が家という意味である。
 30歳で寺町に初めての店を構えたとき、彼の頭の中にはすでにこんにちのシェ・ヌゥのかたちが出来上がっていたという。
 なるべく田舎。自分の持家である一軒家。玄関を開けるとダイニングに続く廊下があり、その脇には広いウェイティングバーがある。ダイニングからの眺めはすこぶる良いが、眺めはあくまでも2次的なもの。なによりも料理とサービスとそこで過ごす時間に、ゲストの心が豊かに満たされること。そういう店を作るのだというおもいが、38歳のときに建てた今の店にそのままのかたちで結実している。
 彼が料理人としてなによりも凄いのは、彼の野心がその一点のみにしぼられ、その野心が実現したいま、他のことには見向きもしないことである。
「支店を作るとか、東京に出るとかはまったく考えたこともないですね。勿論、なかには料理人というにとどまらず、企業としての料理店展開に成功されている方もいらっしゃいますが、私は、朝から晩までここにいて、ここで働き、ここで考えるのが好きなのです。なにしろ、我が家ですからね、生涯にひとつのこの場所に骨を埋める気持ちで毎日の料理に向かっています」
 寺町にある頃はフランス料理を自負していた。しかし、結局は日本人である。金沢に暮らし、日本のことばを話し、地元の食材を主として使っている以上、フランス料理にこだわる必要はないのではないか。
「何々料理というふうにくくるのではなく、強いて言えば自分の料理、それでいいのじゃないかと思えるようになってきたんです。実際、私の味の土台になっているのは子供の頃に祖母がこしらえてくれた料理なんです。米、野菜、魚介、山菜、そういった地元でとれた天然のものを使ってこしらえられた祖母の料理は、薄すぎず、濃いすぎず、甘すぎず、辛すぎず、まさに天然自然の絶妙の味加減だったと思いますね」
 
  1枚の皿、1個のグラス、壁にかけられた1枚の画、それに独特のたおやかなカーブを描く調度品などを見ていると、彼が自らの感性を磨くことにいかに腐心してきたかがわかる。料理にあらわれるのは自分。自分のぶんだけしか料理にあらわれない。そのことを知悉するがゆえに、彼は、どういう料理を作りたいですかという私の問いかけに、「いろいろ、です。だから、まだまだ、なんです。もっともっと。その気持ちだけは誰にも負けないでこれからも一心にやっていきたいですね」と言って微笑った。それは、彼の作る料理と同様、穏やかで、しかも力強い、まさに大橋正純という料理人に似つかわしい、いい笑顔だった。

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筆者プロフィール

正岡順

エッセイスト。金沢市在住。料理、温泉、ホテルなどについて一家言あり。

レストラン シェ・ヌゥ

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