
エミール・ガレ《イチジク文聖杯》1898年 国立工芸館蔵
こんにちは、金沢日和編集部・ちょっぴりベテランとらこです。
私、忙しいんですよ。平日はがっつり仕事に追われ、家に帰れば掃除洗濯おさんどん。「ママお腹すいたー」「ママみずー」「ねぇ、くつしたー」などというわがままクライアント2名からのミッションを「ママはくつしたではありませんよ」と思いながらこなし、ようやくベッドに入ったらスマホで漫画読んで寝落ちですよ。
むかしはよく一人でふらっと工芸館や美術館、博物館に行ったものです。今も行きたいと思っていても仕事の合間にしかなかなか行けない。そのわずかの合間にいつもお誘いがあるのが工芸館さんからのレセプションのご案内。足を運ぶたびに「そう、わたしこの時間が好きだった!癒やされる!自分を取り戻せる!」という気持ちになれるので、調整がつく限りはお邪魔しています。お声掛け、ありがとうございます!
で、今回お誘いいただいたのは「ルネ・ラリック展」。ラリック、都会なら行列必至の展覧会ね。あら素敵と出かけてみました。——のですが、最初に出迎えてくれたのは、エミール・ガレの作品たち。さらに進むと、ドーム兄弟も。
薄暗い空間の中、ふわりと光をまとって佇む作品を見た瞬間、胸がドキンとなりました。いつもの更年期の動悸とは違う高鳴り…。小学生のころからくり返し読んでいた「嵐が丘」「椿姫」「女の一生」——その景色が、次々と頭の中に広がりました。ヒースクリフとキャサリンの荒野、マルグリットの部屋のやわらかな光、ジャンヌが見つめていた窓の外。ガレの植物たちは、その空気を閉じ込めたように、そこにありました。

左上:エミール・ガレ《イヌサフラン文鶴頸花瓶》1900年/エミール・ガレ《トネリコバノカエデ文鉢》1903年/左下:左から ドーム兄弟《藻魚文花器》1898年、ドーム兄弟《マーブル地脚付杯(赤)》1910年代、ドーム兄弟《マーブル地脚付杯(黄)》1910年代/右:ドーム兄弟《野バラ文花瓶》1914〜1920年頃 以上、すべて国立工芸館蔵
ガレやドーム兄弟が活躍した19世紀末。『嵐が丘』や『椿姫』が書かれたのは、それより数十年前の同じ世紀、地続きの空気。文学も工芸も、あの時代のうねりの中にいたんですね。文学も工芸も、同じ空気を吸っていたんですね……日本の侘び・寂びに通じる喪失を是とする繊細さ、そして自然のしなやかな強さを映したような美しさ。もう叫びたい、この時代、すきーーーー。
アルフォンス・ミュシャ《民衆美術協会》1897年/アルフォンス・ミュシャ《サラ・ベルナール》1896年 以上、すべて国立工芸館蔵
ということで、改めて。本展はアール・ヌーヴォーからアール・デコへ——19世紀末から20世紀初頭のフランス装飾美術の流れを、ガレ、ドーム兄弟、そしてラリックの作品でたどる構成です。展示はラリックに先駆けて活躍したエミール・ガレやドーム兄弟の作品からスタートします。植物の儚さや優美さを閉じ込めたガレのガラス、自然をとらえた繊細なドームの花瓶たち。「被せガラス」という技法で生まれる色の変化、逆光のような柔らかな光。「綺麗」という言葉だけでは追いつかない美しさが並んでいます。
同展示室にはチェコ出身のグラフィックデザイナー、アルフォンス・ミュシャの曲線美あふれるポスターや、ベルギーの建築家アンリ・ヴァン・ド・ヴェルドのしなやかな家具も並んでいて、「時代のうねり」というものが目に見えるような感覚がありました。産業革命で世の中が便利になった一方で生まれた「手仕事の見直し」、そしてジャポニスムの影響——浮世絵のデフォルメや日常の美的感覚がヨーロッパで評価された時代背景が、作品を通して伝わってきます。アートがわかる人には「そうそう!」と、アートに馴染みのない人には「そういう時代だったのか」と、どちらにも開かれた展示構成です。
左から右回り:ルネ・ラリック《花瓶 すぐり》1924年 井内コレクション(国立工芸館寄託)/《コンパクト》1920〜30年代頃 国立工芸館蔵/《コンパクト》1920〜30年代頃 国立工芸館蔵/ルネ・ラリック《カーマスコット 勝利の女神》1928年 井内コレクション(国立工芸館寄託)
ガレで心をつかまれたあと、いよいよラリックのゾーンへ。こちらは打って変わって、強くて、鮮やかで、デザイン的な確信に満ちています。内包から開放へと時代のメッセージを感じられます。
ルネ・ラリック(1860-1945)はジュエリーとガラスの二刀流で活躍した人物。アール・ヌーヴォーからアール・デコへと時代が大きくうねる中で、自分のスタイルを貫き続けました。
蝶の羽根を思わせる「翼のある風の精」のブローチは透けるように繊細。なのに100年以上経っても色褪せない。宝石の価値よりも、装身具としてどんな効果をもたらすかを徹底的に考えて作られた作品たち。香水瓶のデザインを依頼されたとき、みずから申し出て香水瓶そのものまでデザインしてしまったというエピソードが残っているほど、この人の「やりたいこと」への情熱は筋金入りです。
デザインが好きな人には、迷わずおすすめしたい展示です。ファッションに目覚め、Tシャツのデザインを始めた息子にも、ぜひ見せたいと思いました。プロダクトとしての美しさ、細部に宿るこだわり、既成概念を超えていく発想。そのすべてが、作品からダイレクトに伝わってきます。
答えがすぐに手に入る時代だからこそ、苦悩や試行錯誤の先に生まれる「表現」の強さを、目の前で感じてほしい——そんなふうに思います。
ルネ・ラリック《花瓶 オラン》1927年 井内コレクション(国立工芸館寄託)
セミをモチーフにした香水瓶、自動車のボンネットを飾るカーマスコットの勝利の女神、そしてオパルセントガラスを使った《花瓶 オラン》——これはアルジェリアの地中海の光を受けて咲くダリアをイメージしたもので、角度によって色合いが変化するしかけが見事です。「これを100年前にやっていたのか」と思うと、ため息が出ます。
今回の展示で特筆すべきは、照明デザイナーが手がけたライティングです。ガラスの透光性は、光の当たり方でまったく違う表情を見せる。たなびく髪に光が透ける、オパール色に揺れる。そういう瞬間を最大限に引き出すための光の設計が、作品世界をより幻想的なものに仕上げます。

今回、展覧会のアンバサダーには、デザイナー/アーティストの篠原ともえさんが就任。お招きいただいたこの日は就任のお披露目に来場されていました。国立工芸館がアンバサダーを起用するのはこれが初めて、という事実が、この展覧会への本気度を物語っています。
篠原さんはアンバサダー就任を機に、展示作品のひとつ《花瓶 オラン》からインスピレーションを得、自ら制作したという白いドレスをお召になっていました。花びらのパーツを200枚以上すべて手作業でキルティング、中綿の色を変えることで布の表からほのかに色味が透けて見えるよう工夫されたそうです。ガラスの奥行き感をそのまま布で表現しようとした、作家としての本気の応答です。生地には能美市製の白い布を使っているそうで、石川県への配慮も嬉しいですね。
そのドレスは会期中、会場内に写真で展示されます。ラリックの《花瓶 オラン》と篠原さんのドレスの両方を楽しんでください。感性と技術による「時代を超えた対話」が感じられます。なお、篠原さんは、会場限定で上映されるラリック紹介映像のナレーションも担当されています。
左上から:ルネ・ラリック《ブローチ 翼のある風の精》1898年頃 国立工芸館蔵/ルネ・ラリック《花瓶 インコ》不詳 井内コレクション(国立工芸館寄託) /ルネ・ラリック《立像 泉の精 タリア》1924年 井内コレクション(国立工芸館寄託)
フランス装飾美術の流れを、エミール・ガレやドーム兄弟からルネ・ラリックへとたどる展示。教科書的でありながら、退屈さはありません。アートが好きな方には、迷わず「行くべき」と言える内容です。
そして、「アートはよくわからない」と感じる方にこそおすすめです。ラリックの作品は、香水瓶やジュエリー、車のマスコットなど、もともと使うために作られたもの。美術品である前に、暮らしの中にあったものです。だからこそ、「きれい」「かっこいい」「なんか好き」。その直感が、そのまま正解です。難しく考える必要はありません。
ぜひ、「作品と目を合わせる時間を、ご自分にプレゼントしてあげてくださいね」。
⋯この素敵な言葉は、篠原ともえさんのセリフを拝借してみました。うふふ。
👉 とらこ的おすすめポイント
・アート好きにも、アート未経験者にも。どちらにも胸を張っておすすめできます!
・「綺麗」「かっこいい」「なんか好き」——全部、正解の展覧会です。
・照明の美しさに注目。ガラスと光のマリアージュをお見逃しなく。
・篠原ともえさんのドレス(写真)と着想元の《花瓶 オラン》をぜひ見比べて。