展示風景
こんにちは、金沢日和編集部・ちょっぴりベテランとらこです。
この夏、ずっと気になっていたのに足を運べずにいた展覧会がありました。国立工芸館で開催中の「喜如嘉の芭蕉布展」です。芭蕉布とは、沖縄に自生する糸芭蕉の繊維から織られる布。さらりと涼やかで丈夫、かつては王族の衣裳から日常着まで広く用いられた沖縄を代表する織物です。草花や器など身近なものをモチーフにした文様も多く、素朴でありながらどこかモダン。繊維を裂き、績み、染め、織る──いくつもの工程を経てようやく一枚に仕上がる、気の遠くなるような手仕事です。

芭蕉布織物工房の作品
左)《煮綛芭蕉布 裂地「赤地 引下 カキジャー 綾中」》平成
中)《煮綛芭蕉布 裂地「九年母地縞」》平成
右)《煮綛芭蕉布 裂地「黄地 トゥイグワー 引下 綾中一玉」》平成
そんな芭蕉布をテーマにした今回の展覧会には、二つの大きな節目が重なっています。ひとつは、国立工芸館が石川に移転開館してから5周年を迎えるということ。もうそんなに経った?と驚きつつ、東京から金沢へと拠点を移し、工芸の発信拠点がしっかり根づいてきたことに感慨を覚えます。
そしてもうひとつは、「喜如嘉の芭蕉布」が国の重要無形文化財に指定されて50周年という節目。戦後、消えかけた技術を平良敏子さんが復興させ、仲間とともに守り抜いてきた努力が国の文化として正式に認められた出来事です。50年の歳月を経て、今もその技が受け継がれているという事実自体が奇跡のように思えます。
この二つの節目が重なった展覧会を石川・金沢で見られるのは、本当に特別なこと。「もう会期も後半だし…」と迷っていましたが、思い切って立ち寄りました。会場を出たときの私の感想はただひとつ──「やっぱり来てよかった」。

左)国宝桃色地経縞絹芭蕉衣裳〔琉球国王尚家関係資料〕18~19世紀那覇市歴史博物館
右)国宝黄色地経縞枡形文様絣芭蕉衣裳〔琉球国王尚家関係資料〕18~19世紀那覇市歴史博物館
※現在展示終了
展示室に一歩入った瞬間、色とりどりの芭蕉布がずらり。しんと張り詰めた空気感の中、自由におおらかに、はためくような躍動感が感じられます。軽やかで涼やかな布の質感は、目にするだけで体がすっと整うような心地よさがありました。
会場には、年配のご夫婦や着物姿の女性もちらほら。展示に顔を近づけるようにして、模様を一つひとつ確かめている姿に「やっぱりその織り、気になりますよね!」と心で語りかけました。

左)平良敏子 《芭蕉布 帯「波型」》 1970年代 公益財団法人日本伝承染織振興会蔵
右)芭蕉布織物工房 《芭蕉布 帯「藍コーザー アササ」》 平成 芭蕉布織物工房蔵
最初の部屋は「第1章 歴史のなかの芭蕉布と文様の美」。王族が身に纏った豊かな色彩と伝統の絣柄の復元に挑んだ平良敏子が開いた芭蕉布工房の作品が並びます。国宝に指定された王族の着物は、緋色や黄色の地に枡形や菱の文様がびしっと織り込まれ、堂々たる存在感。「沖縄って、こんなに鮮やかで力強い文化を持っていたんだ」と改めて実感します。

芭蕉布織物工房の作品
左)《煮綛芭蕉布 裂地「黄地 ムディー碁盤」》昭和
右)《煮綛芭蕉布 裂地「九年母地 花織」》令和
次の展示室は「第2章 平良敏子の芭蕉布-わざの確立と展開」。戦後、途絶えかけた芭蕉布を守るため、糸芭蕉を育て、糸を績み、染め、織る──すべてを仲間とともに手作業で続けた平良敏子さん。その姿を初めて雑誌で見たときの衝撃は今も忘れられません。「力強くて優しくて、なんて素敵な織物なんだろう。いつか本物を見たい」と憧れた着物が目の前にある感動といったらありません。

展示風景
壁に掲げられた写真には、真剣な眼差しで糸に向き合う平良敏子さん。その横には工房で織り上げられた数々の着物が並びます。《芭蕉布着物「クヮイヤークヮーサー番匠」》の前では自然と足が止まりました。古典を研究しながらも独自の絣模様を生み出し、時代に即した新たな意匠へ挑戦し続けたその姿勢が、芭蕉布をただの伝統工芸ではなく「生きた文化」へと押し上げていったのだと思います。
こうした歩みが評価され、1974年には「喜如嘉の芭蕉布」が国の重要無形文化財に指定され、平良さんは保持者(代表者)として認定されました。2000年には各個認定の保持者ともなり、2022年に101歳で生涯を終えるまで制作と後進の指導に尽力しました。芭蕉布を沖縄で最も知られる織物に育て上げ、その人生を丸ごと捧げた方なのです。

展示風景
最後の展示室「第3章 想いをつなぐ-芭蕉布のみらい」では、喜如嘉の芭蕉布保存会による伝承者養成事業の取り組みが紹介されていました。朱地に絣模様を重ねた着物は古典の力強さを残しつつも、どこかモダンで新鮮。平良さんが挑み続けた精神が、次の世代へとしっかり受け継がれているのを感じました。

展示風景
芭蕉布は、一人の技と、多くの人の手が重なってこそ生まれる布。工房では、昔ながらの模様を大切にしながらも、現代的なデザインやこれまでになかった衣裳にも果敢に挑戦しています。その営みは、伝統を守るだけでなく未来をひらく希望そのもの。文化を復活させ、大切に継承してきた想いの強さに胸を打たれました。

喜如嘉の芭蕉布保存会 《芭蕉布 琉装着物「アキファテ柄」 2013年 文化庁蔵
展示を見終え、ロビーに降り立つと体の奥に心地よい熱が残っていました。
「ずっと気になっていたけど、来てよかった」──その一言に尽きます。
着物好き、織物好きなら、この展覧会は見逃せません。芭蕉布にふれることで、布を通じて土地や人の営みをまとうとはどういうことか、きっと実感できるはず。
まだ間に合います。気になっている方は、このチャンスをお見逃しなく。帰り道のあなたも、きっと私のように「やっぱり来てよかった」と微笑んでいるはずです。

喜如嘉の芭蕉布保存会 《絣模様いろいろ》 平成 芭蕉布織物工房蔵
👉 とらこ的おすすめ
・迷っているならラスト一週間、駆け込んで!
・平良敏子さんの作品を直に見られる貴重な機会!
・着物や織物に関心があるなら、「やっぱり行ってよかった」と思えるはず!
「移転開館5周年記念 重要無形文化財指定50周年記念 喜如嘉の芭蕉布展」概要
会期/〜 8月24日(日)まで
場所/国立工芸館 石川県金沢市出羽町3-2
TEL/050-5541-8600(ハローダイヤル)
開館時間/9:30〜17:30 ※入館は17:00まで。
休館日/月曜
観覧料/一般900円、大学生600円、高校生以下400円、中学生以下、障害者手帳をお持ちの方と付添者1名は無料。
P/あり (近隣文化施設との共用駐車場)
■23日(土)、24日(日)は「ワード&ハンドで島めぐり」を開催!
詳しくはこちら
国立工芸館の詳しい記事はこちら