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金沢、主計町、尾張町。地名の由来クイズ・全5問!あなたは何問分かる?

通りの両側にお店がひしめく、金沢の繁華街・片町。実はこの名前、昔は川べりの片側にしか家がなかったことから来ているのだそうです。

金沢の地名には、こんなふうに「名前は知っているけれど、由来までは考えたことがなかった」ものがたくさんあります。今日はそんな地名の由来を、全5問のクイズにしてみました。ぜひ挑戦してみてくださいね。

第1問:「金沢」という名前は、どこから来たのでしょう?

石川県の県庁所在地、金沢市。見慣れた名前ですが、その由来として古くから語り継がれているのは、次のうちどれでしょうか?

A:金でできた仏像が見つかった沢があったから
B:山芋を洗ったら砂金が出てきた沢があったから
C:秋になると金色に染まる木が茂る沢があったから

第2問:主計町(かずえまち)は、何にちなんだ名前?

浅野川沿いに石畳の続く、主計町茶屋街。「かずえまち」と読みます。この珍しい名前は、何にちなんでつけられたものでしょうか?

A:加賀藩でお金の計算をする役所があったから
B:主計という藩士の屋敷があったから
C:年貢のお米を計る蔵が並んでいたから

第3問:尾張町の「尾張」は、どうして金沢に?

金沢城の北側に広がる尾張町。「尾張」といえば、今の愛知県のあたりです。なぜ遠く離れた土地の名前が、金沢についたのでしょうか?

A:前田利家の出身地・尾張から来た商人を住まわせたから
B:尾張から取り寄せた焼き物の市が立っていたから
C:城下町のいちばん端、つまり「終わり」にあったから

第4問:柿木畠には、なぜ柿の木が植えられた?

兼六園や金沢21世紀美術館にほど近い、柿木畠(かきのきばたけ)。その名のとおり、かつてここには柿の木が植えられていました。何のためだったのでしょうか?

A:藩主に献上する柿を育てるため
B:柿渋をとって染め物に使うため
C:火事から城下を守るため

第5問:香林坊は、もともと何の名前?

金沢いちばんの繁華街、香林坊。この変わった響きの名前は、もともと何を指していたのでしょうか?

A:香木を扱うお店が並んでいたことから
B:この地で暮らしたある人物の名前から
C:近くにあったお寺の名前から

クイズの解答と解説

柿木畠

第1問の答え:B

昔、芋掘り藤五郎(いもほりとうごろう)という男が山芋を洗ったところ、その沢から砂金が出てきた。そこから「金洗いの沢」と呼ばれるようになり、やがて「金沢」になったという伝説があります。その湧き水は今も兼六園のとなりに金城霊澤(きんじょうれいたく)として残っていて、訪ねることができますよ。

▶︎もっと詳しく知りたいなら:兼六園に隣接する「金澤神社」訪問レポート

ただ、由来はこれひとつではないようです。文献のうえで「金沢」の名が早く登場するのは、1546年(天文15年)に記された「金沢坊舎」、つまり金沢御堂というお堂の名前だとされます。ロマンのある伝説と、記録に残る古い名前。その両方が重なって、今の「金沢」があるのですね。

第2問の答え:B

大坂冬の陣・夏の陣で功を立てた加賀藩士、富田主計(とだかずえ)。その上屋敷があったことから、この名がついたといわれています。「主計」はもともと役職を表す言葉ですが、ここでは人の名前がそのまま町名になったのです。

主計町は、泉鏡花ゆかりの地としても知られる茶屋街です。実はこの町名、住居表示の実施でいったん地図から消えてしまったのですが、平成11年(1999年)10月1日に旧町名として復活しました。名前が一度消えて、また戻ってきた町なのです。

第3問の答え:A

加賀藩の祖・前田利家が生まれたのは、尾張(今の愛知県)。金沢に移ったあと、故郷から来た商人をこの一帯に住まわせたことから「尾張町」と呼ばれるようになったといわれます。

金沢城の北側にあたるこの町は、やがて城下の商いの中心として栄えました。通りを歩くと、当時のにぎわいが想像できます。金沢と名古屋が、地名でそっとつながっているのです。

第4問の答え:C

周辺を火除地(ひよけち)とするため、加賀藩は藩士の邸宅を移して空き地にし、そこに柿の木を植えました。燃え広がるのを食い止めるための、いわば防火帯だったのです。

では、なぜ柿だったのでしょう。一説には、万葉集で知られる歌人・柿本人麻呂(かきのもとのひとまろ)にちなんだ言葉遊びで、「柿の下では火止まる(ひとまる)」と考えられたから、という言い伝えもあるそうです。今の柿木畠は飲食店の集まるにぎやかな通りですが、その名前には、城下を火事から守ろうとした昔の人の願いが残っているのですね。

▶︎もっと詳しく知りたいなら:【金沢の雑学・商店街編】火除地(ひよけち)とするために植えられた柿の木が由来!?『柿木畠振興会』

第5問の答え:B

香林坊は、もともと人の名前だったとされます。比叡山の僧だった人物が僧をやめ、金沢で薬を商う向田家の跡取りとなって、向田香林坊と名乗りました。その香林坊が調合した目薬を前田利家に献上したと伝えられ、やがて「香林坊」が家の名となり、そのまま町の名前になったのだそうです。

▶︎香林坊周辺について知りたいなら:ぶらり金沢散歩しませんか♪【金沢の商店街特集|地元の魅力が詰まったおすすめエリア】〜第一弾〜

金沢日和編集部
金沢日和編集部

いかがでしたか。こうして見てみると、金沢の地名にも、ひとつひとつ物語があることが分かります。
いつも何気なく通り過ぎている交差点やバス停の名前も、由来を知ってから眺めると、また違った見方ができそうですね。

その他おすすめ:
▶︎【金沢まとめ】あなたはいくつ読めますか? 石川県金沢市の難読町名6選
▶︎石川県・金沢の難読地名・町名

出典・参考:
・金沢市公式ホームページ いいね金沢「歴史のまちしるべ標柱一覧」
・金沢市公式ホームページ いいね金沢「主計町」
・金沢市公式ホームページ いいね金沢「柿木畠」
・レファレンス協同データベース「【金沢の由来について】」(運営:国立国会図書館)
・平凡社『日本歴史地名大系17 石川県の地名』(コトバンク「香林坊」で参照)
・いいじ金沢「【歴史】『柿木畠』の名前の由来は、あの有名人がルーツ!」(制作:柿木畠振興会)
※本記事の言い伝えは諸説あり、伝承として伝わるものを紹介しています。

※掲載されている情報は、時間の経過により実際と異なる場合があります。(公開日:

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